七福神めぐりとは
福の神を信仰することは室町時代頃から広まっていったらしい。
まず、恵比寿・大黒の2神をまつることから始まり、そこに他の神さまたちが加わって、室町時代の末には「七福神」ができあがった。
「七」というのは神聖な数なんだって。七福神は仏教の経典にある言葉、「七難即滅、七福即生」(「七つの災いをのぞき、七つの福を生ずる」というありがたい意味なんだよね。)に基いているとか。
また「竹林の七賢」にもなぞらえて、福の神たちは描かれていったとも言う。
七福神めぐりは江戸時代の末にはじまった。
テレビも、映画も、ファミコン・ゲームもないこのころは、神仏まいりだって、ひとつの楽しみ。江戸、大阪、京都など大都市各地で盛んになった。
元日から七草(つまり1/1~1/7)の間に福の神をまつった神社や寺におまいりして守り札や福の神の人形などをもらい受け、一年間の幸運を願う。
東京にはいっぱい七福神めぐりコースがあるぞ。江戸情緒を味わうものから、ハイキングを楽しめるものまで。さあ、よりどりみどりだ!!
竹林の七賢
中国、三国時代魏の末(3世紀半ば)、竹林にあつまって、お酒を飲み、琴をかなで、遊んだり、学問や芸術について話し合ったりした7人の人たちをいう。彼らは自由で自然な心のありかたを大切にした。
七福神めぐり よりどりみどり!20コース
1.谷中七福神
東京の七福神めぐりで一番歴史が古い。
- 田端東覚寺(福禄寿)北区田端2-7-3
- 不忍弁才天(弁才天)台東区上野公園2-1
- 天王寺(毘沙門天)台東区谷中7-14-8
- 長安寺(寿老人)台東区谷中5-2-22
- 護国院(大黒天)台東区上野公園10-18
- 修性院(布袋)荒川区西日暮里3-7-12
- 青雲寺(恵比寿)荒川区西日暮里3-6-4
2.隅田川七福神
文化元年(1804)に
開園した
向島百花園に
集まった
当時の
文化人、
大田南畝、
谷文晁らのアイディアによる。
文化文政年間(1804~30)ごろできあがったコースで、
徒歩3
時間くらいだ。
- 三囲神社(恵比寿・大黒)墨田区向島2-5-17
- 弘福寺(布袋)墨田区向島5-3-2
- 長命寺(弁才天)墨田区向島5-4-4
- 向島百花園(福禄寿)墨田区東向島3-18-3
- 白鬚神社(寿老人)墨田区東向島3-5-2
- 多聞寺(毘沙門天)墨田区墨田5-31-13
3.亀戸七福神
徒歩2時間くらいのコース。このエリアには学問の神さま「亀戸天神」もある。(七福神めぐりとは関係ないけど藤の花の季節はきれいなんだよね。)
- 東覚寺(弁才天)江東区亀戸4-24-1
- 常光寺(寿老人)江東区亀戸4-48-3
- 普門院(毘沙門天)江東区亀戸3-43-3
- 竜眼寺(布袋)江東区亀戸3-34-2
- 香取神社(恵比寿・大黒)江東区亀戸3-57-22
- 天祖神社(福禄寿)江東区亀戸3-38-35
4.新宿山の手七福神
善国寺(毘沙門天)新宿区神楽坂5-36
- 経王寺(大黒天)新宿区原町1-14
- 厳島神社(弁才天)新宿区余丁町8-5
- 法善寺(寿老人)新宿区新宿6-20-16
- 永福寺(福禄寿)新宿区新宿7-11-2
- 大宗寺(布袋)新宿区新宿2-9-2
- 鬼王神社(恵比寿)新宿区歌舞伎町2-17-5
5.港区七福神
- 宝珠院(弁才天)港区芝公園4-8-55
- 熊野神社(恵比寿)港区麻布台2-2-14
- 十番稲荷神社(宝船)港区麻布十番1-4-6
- 大法寺(大黒天)港区元麻布1-1-10
- 氷川神社(毘沙門天)港区元麻布1-4-23
- 桜田神社(寿老人)港区西麻布3-2-17
- 天祖神社(福禄寿 ) 港区六本木7-7-7
- 久国神社(布袋)港区六本木2-1-16
6.東海七福神
昭和7年にできたコース。旧東海道沿いにある。
- 品川神社(大黒天)品川区北品川3-7-15
- 養願寺(布袋)品川区北品川2-3-12
- 荏原神社(恵比寿)品川区北品川2-30-28
- 品川寺(毘沙門天)品川区南品川3-5-17
- 海晏寺(寿老人)品川区南品川5-16-22
- 浜川神社(福禄寿)品川区南大井1-4-1
- 磐井神社(弁才天)大田区大森北2-20-8
7.日本橋七福神
水天宮を
中心にした、
徒歩1
時間くらいのコース。
- 水天宮(弁才天)中央区日本橋蛎殻町2-4-1
- 小網神社(福禄寿)中央区日本橋小網町16-23
- 常磐稲荷神社(布袋)中央区日本橋本町1-8
- 椙森神社(恵比寿)中央区日本橋堀留町1-10-2
- 笠間稲荷神社(寿老人)中央区日本橋浜町2-11-6
- 末広神社(毘沙門天)中央区日本橋人形町2-25-2
- 松島神社(大黒天)中央区日本橋人形町2-15-2
8.池上七福神
- 養源寺(恵比寿)大田区池上1-31-1
- 本成院(福禄寿)大田区池上1-35-3
- 厳定院(弁才天)大田区池上2-10-12
- 微妙庵(毘沙門天)大田区池上3-38-23
- 曹禅寺(布袋)大田区池上7-22-10
- 妙見堂(寿老人)大田区池上1-31-11
- 馬頭観音堂(大黒天)大田区池上3-20-4
9.目黒山の手七福神
徒歩2時間くらいのコース。
- 竜泉寺(恵比寿)目黒区下目黒3-20-26
- 蟠竜寺(弁才天)目黒区下目黒3-4-4
- 大円寺(大黒天)目黒区下目黒1-8-5
- 妙円寺(福禄寿・寿老人)港区白金台3-17-5
- 瑞聖寺(布袋)港区 白金台3-2-19
- 覚林寺(毘沙門天)港区白金台1-1-47
10.浅草七福神

これも
江戸時代からある
古いコース。9か
所めぐりになっている。
徒歩4
時間で、けっこう
歩く。
仲見世見物の
方に
夢中になってしまうかも…。
- 浅草寺(大黒天)台東区浅草2-3-1
- 浅草神社(恵比寿)台東区浅草2-3-1
- 待乳山聖天(毘沙門天)台東区浅草7-4-1
- 今戸神社(福禄寿)台東区今戸1-5-22
- 橋場不動院(布袋)台東区橋場2-14-19
- 石浜神社(寿老人)荒川区南千住3-28-1
- 吉原神社(弁才天)台東区千束3-20-2
- 矢先神社(福禄寿)台東区松が谷2-14-1
- 鷲神社(寿老人)台東区千束3-18-7
11.下谷七福神
昭和52
年にできた。
徒歩2
時間半くらい。
- 元三島神社(寿老人)台東区根岸1-7-11
- 入谷鬼子母神(福禄寿)台東区下谷1-12-16
- 英信寺(大黒天)台東区下谷2-5-14
- 法昌寺(毘沙門天)台東区下谷2-10-6
- 朝日弁才天(水の谷弁天院)台東区竜泉1-15-9
- 飛不動尊 台東区竜泉3-11-11
- 寿永寺(布袋)台東区三の輪1-22-15
12.深川七福神
徒歩3時間くらいのコース。
- 富岡八幡宮(恵比寿)江東区富岡1-20-3
- 冬木弁才天(弁才天)江東区冬木22-31
- 心行寺(福禄寿)江東区深川2-16-7
- 円珠院(大黒天)江東区平野1-13-6
- 竜光院(毘沙門天)江東区三好2-7-5
- 深川稲荷神社(布袋)江東区清澄2-12-12
- 深川神明宮(寿老人)江東区森下1-3-17
13.板橋七福神
徒歩4時間くらいのコース。
- 観明寺(恵比寿)板橋区板橋3-25-1
- 文殊院(毘沙門天)板橋区仲宿28-5
- 西光院(大黒天)板橋区南町31-1
- 西光寺(布袋)板橋区大谷口2-8-7
- 長命寺(福禄寿)板橋区東山町48-5
- 安養院(弁才天)板橋区東新町2-30-23
- 能満寺(寿老人)練馬区旭が丘2-15-5
14.柴又七福神
映画「
男はつらいよ」シリーズで
有名な
柴又。
昭和8
年につくられたコースだ。

- 医王寺(恵比寿)葛飾区柴又5-13-6
- 宝生院(大黒天)葛飾区柴又5-9-18
- 万福寺(福禄寿)葛飾区柴又6-17-20
- 題経寺・帝釈天(毘沙門天)葛飾区柴又7-10-3
- 真勝院(弁才天)葛飾区柴又7-5-28
- 良観寺(布袋)葛飾区柴又3-33-13
- 観蔵寺(寿老人)葛飾区高砂5-5-2
15.八王子七福神
八王子は
末広がりの「
八」にちなんで
八福さずかる
福神めぐり。
- 成田山伝法院(恵比寿)八王子市南新町4
- 金剛院(寿老人・福禄寿)八王子市上野町39-2
- 信松院(布袋)八王子市台町3-18-28
- 了法寺(弁才天)八王子市日吉町2-1
- 吉祥院(吉祥天)八王子市長房町58-3
- 善龍寺(大黒天)八王子市元本郷町1-1-9
- 本立寺(毘沙門天)八王子市上野町11-1
16.多摩(青梅)七福神
昭和55
年できたコース。15キロの
道のりはちょっとしたハイキング。
- 延命寺(大黒天)青梅市青梅82
- 宗建寺(毘沙門天)青梅市千が瀬町6-734
- 玉泉寺(弁才天)青梅市長渕3-299
- 地蔵院(布袋)青梅市畑中2-583-1
- 明白院(福禄寿)青梅市日向和田2-395
- 清宝院(恵比寿)青梅市青梅1203
- 聞修院(寿老人)青梅市黒沢3-1578
17.武蔵野七福神
西武線を
使ってまわる。
山口観音だけ、ちょこっと
離れているけれどあとは
入間市駅、
飯能駅あたりにちらばっている。
- 山口観音金乗院(布袋)所沢市上山口2203
- 長泉寺(大黒天)入間市豊岡2-2-8
- 円照寺(弁才天)入間市野田158
- 円泉寺(福禄寿)飯能市平松367
- 観音寺(寿老人)飯能市山手町5-17
- 諏訪神社(恵比寿)飯能市飯能263
- 浄心寺(毘沙門天)飯能市矢颪222
18.秩父七福神

その
距離なんと56キロメートル!
自動車で4
時間半。
徒歩とバスを
使うと2日かかる。サイクリングという
手もある。
- 総持寺(福禄寿)秩父郡長瀞町本野上924
- 円福寺(大黒天)秩父郡皆野町皆野293
- 鳳林寺(毘沙門天)秩父郡小鹿野町下小鹿野1387
田村円福寺(寿老人) 秩父市田村967
- 惣円寺(弁才天)秩父市東町17-19
- 金仙寺(布袋)秩父市下影森6650
- 東林寺(恵比寿)秩父郡横瀬村横瀬3537
19.鎌倉・江の島七福神

- 安養院(毘沙門天)鎌倉市大町3-5-22
- 本覚寺(恵比寿)鎌倉市小町1-12-12
- 妙隆寺(寿老人)鎌倉市小町2-17-20
- 鶴岡八幡宮(弁才天)鎌倉市雪の下2-1-31
- 浄智寺(布袋)鎌倉市山の内1402
- 長谷寺(大黒天)鎌倉市長谷3-11-2
- 御霊神社(福禄寿)鎌倉市坂の下3-17
- 江島神社(弁才天)藤沢市江の島2-3-8
20.横浜七福神
- 金蔵寺(寿老人)横浜市港北区日吉本町2116
- 東照寺(布袋)横浜市港北区綱島西1-13-15
- 興禅寺(福禄寿)横浜市港北区高田町1799
- 西方寺(恵比寿)横浜市港北区新羽町2586
- 正覚院(大黒天)横浜市港北区大豆戸町1160
- 連勝寺(毘沙門天)横浜市港北区菊名5-4-40
- 菊名池弁才天(弁才天)横浜市港北区菊名1-9-2
七福神の顔ぶれ
時代や地方によって、吉祥天・猩々などが加わることもあるけれど、ふつう七福神の顔ぶれはつぎのとおり。
かつて僧正天海は徳川家康に「これぞ天下泰平のもと!」と七福神のそれぞれの徳を説いたという。

七福神は国でいうと、日本・中国・インド、宗教でいうと神道・仏教・道教がいっしょくた。国際的なのっ。
えびす

「恵比須」、「夷」、「恵比寿」などと
書く。“えびす”は
自分たちとは
違う、
遠い
海のかなたの
民族をあらわす
言葉でもある。
昔の
人たちはわざわいを
福にかえる
不思議な
力を
海のかなたに
夢見たんだろう。
えびすさんは、
農村では、かまど
神の
信仰と
一緒になって
豊作をもたらす
田の
神。
漁村では
大漁の
神。つりざおを
持ち、こわきに
魚をかかえたお
姿だ。
イザナギノミコトの3
番目の
子、
蛭子尊ともいうし、
出雲の
国つくりの
神さまの
大国主命の
子どもの
事代主神ともいわれる。
大黒天
マハーカーラ(
摩訶迦羅天)というインドの
神。「カー

ラ」とは「
黒」を
意味するので
中国で「
大黒」と
訳された。もともとは
仏教を
守る「
戦う
神」なんだ。それが
中国の
南部で
台所の
神となり、
日本にはいって「大国」が「ダイコク」の
音に
通じるところから
農業と
福徳の
神、
大国主命と
合わせられるようになった。
室町時代には、えびす・
大黒はいっしょにまつられ、
商人にとっては
商売繁盛の
神、
農家では
田の
神として
信仰されるようになる。
頭にはずきんをかぶり、
手には
打出の
小槌を
持って、
大黒さんは
米俵の
上でにこにこ
笑っている。
弁才天

この
方も、サラスバティーというインドの
水の
女神さま。「サラスバティー」は「
聖なる
河」を
意味する
言葉なんだって。それが
仏教にとり
入れられて、
言葉(つまり
弁才)・
音楽・
学芸の
神さまとなる。
弁才天の
信仰は
奈良時代の
日本にはいって
来た。
江戸時代には「弁財天」の
字があてられて
財宝の
神にもなった。
もともとは
仏教とともに
伝えられた
弁才天信仰だけれど、
市杵島姫命という
日本の
女神と
合わせられ、
神社でまつられるように…。
水の
神だから、
池や
湖、
海のそばにまつられることが
多い。
毘沙門天

インドの
神、クベラ(倶尾羅)が
仏教にとり
入れられて、
毘沙門天になる。
またの
名を
多聞天。
仏教の
四天王のうち
北の
守りを
担当する。
よろい・かぶとで
身をかため、これまた「
戦う
神」。
同時に
財宝・
富貴を
守る
神でもあるんだ。
布袋尊
中国五代のころ、
実在した
禅僧契此(生年不明~917)。この
人、
家を
持たず、
眠くなればどこにでもゴロンと
横になっちゃう。
各地を
歩きまわり、
楽しくこどもと
遊び、
食べ
物は
人からもらってあまれば
布の
袋にいれてかついでいく。そこから「
布袋」の
名がついた。
これだけだと、ちょっとかわったオモシロイおじさんでしかないが、
不思議な
力も
持っていた。
占い
上手で、
何でもぴたりと
当てる。
生きてる
時は、
弥勒の
生まれかわりでは…と
言われていた。
大きなおなかに
心底楽しそうな
笑顔。
見るからに
福を
招く
神さまって
感じするよね。
寿老人・福禄寿
寿老人は「寿老神」と書くこともある。人間の長寿を記した巻物をむすびつけた杖を持ち、2,000年以上生きてる鹿を連れている。
福禄寿は道教で求められる福(幸福)と禄(富貴)と寿(長寿)の3つを授ける神。
頭が長くて白髪だけど、お顔はこどものようだとう。その年令、なんと数千歳。
ともに南極星の化身といわれ、「福禄寿と寿老人は同じだ」と見られる場合もある。
<道教>中国に古くからある宗教。神や仙人を信仰し、不老長寿を願う。
吉祥天

「きちじょうてん」ともいう。インドの
神話ではラクシュミーといい、
美・
幸運・
富の
女神。
仏教にとり
入れられて、
福徳の
女神、
吉祥天として
信仰されるように。またの
名を
功徳天。
猩々
中国の空想上の動物。猿に似ているが顔は人間。人の言葉がわかる。海の中に住んでいて、お酒が好物。

初夢・宝船
初夢とは新年最初に見る夢だ。
むかしは夢の吉凶(めでたいこと・悪いこと)をとても気にしたので「年の始めはいい夢見たい!」とみんな思っていた。
初夢にめでたい夢を見るために宝船の絵を枕の下にしいて寝ることは室町時代からおこなわれていた。宝船は海のかなたから幸せを運んでくれるんだ。
江戸時代には正月早いうちから「お宝、お宝」と宝船売りが絵を売り歩いた。
宝船には米俵・宝物・七福神が乗り、帆には「宝」の文字。さらに「長き世のとおのねふりの皆めざめ波乗り船の音のよきかな」という歌が書きそえられたものもある。この歌は回文といって、上から読んでも下から読んでも同じになる文なんだ。この歌を3回となえ、枕の下に宝船の絵をしいて眠ると幸運がやって来るそうな。
初夢っていつ見る夢?

「初夢」はいつ見る夢をいうのか。これにはむかしからさまざまな説がある。
中世では節分の夜から立春の明け方までに見る夢を言った。
江戸は元禄のころから除夜の夢を言うようになった。その一方、年越しの夜は寝ない習慣から元日の夜の夢となった。
元日でも夜見る夢は2日の夢とも言える。さらに日付はずれて3日の夜の夢だ、という考え方まで登場した。
江戸が東京になってからは「2日の夜に見る夢」を初夢というようになった。

参考にした本
「東京生活歳時記」
「江戸武蔵野の今昔」
「福神信仰」
「お祭り歳時記カーニバルToKyo」
「七福神めぐり」
「七福神巡礼」
「東京歳時記4」
「日本年中行事辞典」
「民間信仰辞典」
「国史大辞典」
「日本民俗語大辞典」
「仏教語大辞典」
「平凡社大百科事典」
「世界の宗教と経典」ほか、いろいろ。
小平市に関すること
多摩に関すること
江戸・東京に関すること
玉川上水・小金井桜に関すること
その他